断食について

断食とは

 

人は食べられなくなると死んでしまいます、当たり前の事です。

「断食」とは食を断つことです、ある意味死に向かう行為のようなものです。

 

でも、断食の歴史は非常に古いですし、現代においても様々なやり方などで行われています。

イスラムではラマダンといって1ヶ月間、日が出ている間は食べないというのも宗教上の重要な行為としてやっています。

 

今日は、断食と宗教の関わりや、断食とは?ということを考えてみます。

 

断食と宗教の関わりは非常に深いです。

「イエスは荒野で40日間断食を行った」

「仏陀は苦行の1つとして断食を行った」

「マホメットは断食後に神より啓示を受けた」

といったように、断食をしたということが記されています。

 

他にも歴史上の偉人などだと、プラトン・ソクラテス・ピタゴラス・ニュートン・エジソン・カント・ルソー・二宮尊徳などが断食をしていたらしいです。

 

こういった人たちは、なぜ「断食」というものをしたのでしょうか?

 

プラトン「最近食べ過ぎちゃって、ダイエットのため断食したんだよね〜」

ソクラテス「あ、お前も? やっぱり哲学系って動かないから太るんだよね〜、俺もやろう」

 

…とかはないですよね

 

仏陀が苦行として行った、ということからも、これらの人は断食「精神的な修養の1つ」としてやっているのだと思います。

 

「断食」と「禅」は結構近いものだと感じます。

 

仏教での禅は、人間は本来心の中に仏がいる、ただそれが「エゴ・自我・執着」によって曇って見えなくなっている。という前提に立ち、座禅や修行などでエゴや執着を取り除き、本来の自己・内仏性・空の状態、になることを目指すものです。100%「空」の状態でいるのが、お釈迦さま。

有名な禅僧の方はこれを「心のメタボを取り除く」と言っていました。

 

断食もその感覚に近いものだと思います。

 

断食をやる方の目的は人それぞれです。「精神的に鍛えたい」というのもいれば、「単に痩せたい」「デトックスしたい」「感覚を研ぎすませたい」「体質を改善したい」「病気を治したい」など違います。

 

でも共通しているのは、「今現在の状態が望んでいるものと違う」それを「変えたい」ということです。

 

これは「本来の自分」の状態があるのに、それが「食の執着、ストレス、周りの環境」などによって曇っている状態で、それを取り除く手段として断食を選んだという事です。

 

断食とは何か、と言われると、僕は

「削ることで、本来の自分(自己の本質)を見ようとする行為」

なんだと思います。

 

「自分を変える」というよりも「本来の自分に還る」という方が近い気がします。

 

そして断食がこれだけの長い歴史の中で、現代でも続いていることを考えると、非常に興味深いです。